【機能不全家族の連鎖を断つ】父のインナーチャイルドの声を聞けた日のこと

アダルトチルドレンの日記
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こんにちは、ancoです。

少し前のこと、あることをきっかけに生まれ育った実家の家族と話しました(手段はメッセージです)。
頭痛がするほど涙が出て、夕飯の支度をしながらおえおえっとなりながら、
子供にばれないようにするのが大変でした笑

しばらく頭の中が混乱していたのですが、
少し落ち着いてきたので、少しづつ、かいつまんで書いてみようと思います。
更新していない間にも、このへんてこなブログに来てくださった方、
ありがとうございます。

 

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お腹にある塊はきっとインナーチャイルド

わたしが話すことなんて、家族にとっては真面目に聞く事柄に値しない。
お腹にある塊の存在を見せると実家の家族に拒絶されるだろう。
少し試みたことはある。
けれども、自分の思いを話すことは、
自分で自分を傷つけることに等しかった日々。

 

橋の下で拾ったと言われた子が大人になって思うこと
橋の下で拾ったと言われた子が大人になって思うこと。これは悲しい話でなく、きっと、わたしがほんの少し強くなったから書けるようになったのかもしれない話。

父の本心を聞けた日、子供の父を見た

けれどもいろいろな条件が重なり、今回、自分の思いを家族に伝えるタイミングが来ました。
伝えるだけでなく、
肝心な、親のインナーチャイルドに寄り添うことが出来たかもしれない。
自分という存在を責めてきた、わたしのお腹に溜まってきたもの。
そして両親、おじいちゃんおばあちゃんのこと。
そこで父がこれまで触れられなかった本心を話してくれました。

 

 

わたし「わたしはおじいちゃんとお母さんの慰め役をしていたんじゃないかな?おじいちゃんのこともお母さんのことも大好きだったけど、子供のころ、家に安心を感じられることは大事だよ。わたし、おじいちゃんに口答えして、包丁向けられたことあるよ。でも一緒にいてくれたおじいちゃんのことは大好きだし、悪く思っていない。」

 

父「爺さんは人と関わることが嫌いで外に出なかったから、ばあさんも苦労したと思う。爺さんの機嫌を伺いながらの生活で大変だったけど、爺さんは自分の感覚内で子供や孫をちゃんと育てたかったんだと思う。気が短くてすぐ怒るし、〇〇(わたし)にも嫌な思いをさせて悪かったね。」

 

わたし「おばあちゃんがおじいちゃんに言い返さずに我慢しとったのもいつも見てきたし、わたしはお父さんだって大変だったと理解しているつもりだよ。おじいちゃんが何するか分からないから、みんないつも緊迫していたよね。おじいちゃんは偏った育児だったけど、おじいちゃんだってああなりたくてなった(精神病で引きこもり)のではないと思うし、いつも何かに怯えていて可哀そうだった。偏ったおじいちゃんの考え方(不安からくる過干渉やキレ、家から出れば殺されると毎日唱えていたことなど)で育てられた子供たちのこと、親の関心があれば少し子供へフォローがあったんだろうなと思うだけ。おじいちゃんに笑ってほしくて変なことたくさんしてみたりしたけど、おじいちゃん笑うことが罪みたいな顔で笑ってたから。」

 

父「〇〇は子供心にもよく見えていたね。今思えば取り返しのつかないことばかりだけど、あの時、その時は良かれと思ってやってきたことばかりだから。」

 

わたし「そうだよね。お父さんも小さな頃から常にいい子にしていなくてはならなかったし、何でも親の言うことを聞いて、利口でじっとしていたって、おばあちゃんがよく言っていたよ。今言っても仕方ないって言われるかもしれないけど、お父さんは(子供の頃)、コドモを生きていないよね。だから今子供みたいなんだよね。」

(最後の部分、正直に言った笑。父は本当に我が道を行くの極みのような人で、自分の都合で悪気無く事実を捻じ曲げるような人。割とみんな関わり、扱いに困っている笑。それが本当に厄介で時に許し難いのですが、生い立ちを考えると、そうなった父ですら可哀そうだと思ってしまう。子供は誰だって純粋だったはずだから。)

 

父「爺さんを悪く言っても仕方ないけど、子供心にばあさんの苦労を少しでも軽くしてやりたいという思いは忘れたことがなかった。仕事も忙しかったけど、〇〇にもっと目をかけてやらなくてごめん。」

 

わたし「やっぱりそうだったんだね。お父さんがもし子供なら、抱きしめてあげたいわ。おじいちゃんもだれも悪くないのに、難しいね。おばあちゃんも大変だったよね。」

 

父「やれるだけのことはしてやったと思っているけど、最期に病院で精密検査をしなかったのが最大の心残り。もっと生きたかったろうに。だから罪滅ぼしに毎日仏壇に参っている。」

 

わたし「あそこまで家族総出で看病されていた人はそんなにいないと思うよ。お父さんがやれることは十分やったと思うよ。老いた身体の負担を考えると正しい答えは誰にも分からないよ。おばあちゃんは〇〇(父)〇〇っ言ってて、息子が教師になって喜んでいたよ。」

(当時入院していたおばあちゃんが寂しがらないよう、必ず毎晩、父、母、叔母、わたしで順番で病院に泊まっていました。わたしは今回の父の言葉を受けて、父がおばあちゃんの人生をとてつもなく不憫に、申し訳なく感じていたのではないか?と感じました。おじいちゃんが死んだあと二年くらいは(自由に)生きたいと言っていたおばあちゃんはちょうど二年、生きました。)

 

 

メッセージで、こんなようなことを話したと思います。
とても赤裸々に書きましたが、父の気持ちが表れていて、
わたしは人生で初めて父と「会話」をしたように思います。
それまで父とは、日常会話でさえ、ほとんどした記憶はありません。

 

父もわたしも機能不全家族で育ったアダルトチルドレン

わたしがずっと思ってきたこと
【父もわたしと同じ、機能不全家族で育ったアダルトチルドレンだ】
そう確信したのは、もう何年も前のことでした。

 

 

機能不全家族は繰り返されます。
自分というものはごまかせたように見えても、心の深いところにある塊は鎮座しています。
それが生きずらさと呼ばれたりするのだと思います。
自分という得体の知れない壁にぶつかり、立ち止まり、物事には原因があることを知り、
さらにはその原因となっている事にも同じように、そうなるはずの明白な理由があることを知りました。

 

日本の家族は8割が機能不全家族と言われます。
みんなそれそれ頑張っているのに、不器用で、愛情が欲しくて、
どんな風に育ったかなんて関係なく
今度は自分が子供を育てる側になっている人が大半なのでは?と思います。

子供と心から笑い合える母になりたい。 何より自分も楽になりたかった。

 

自分の子供にわたしと同じような感覚になってほしくなくて、
この世は楽しいところだよと感じられるようになってほしくて、
人と関わることに喜びを感じてほしくて、
そのためには子供の自己肯定感を育むことが必要で、
わたしは自分の手で機能不全家族のその連鎖を止めたかった。
これは、まったくきれいごとでなくて。
残念ながら、人は生まれたと同時に自分で生き抜く精神力を備えているわけではないから。
命を大切に、自分を大切に、自分の大切な人を大切に思える生き方が出来るかどうかは、
親やそれに代わる人たち、友達、恩師などからもらった愛情を底力に、
どれだけ自分がそれを膨らませていけるか、なんだと思います。

 

子供と心から笑い合える母になりたい。
そして自分も楽になりたかった。
そのためには、自分のインナーチャイルドを癒すことが必要で
以前のわたしはとにかく自分の頭だけでそれをやろうとしていました。

 

でもそれができなくて。
不安障害で薬に頼り、なんとなく夢中になることをやったり
変化する生活環境にごまかしごまかし過ごしてきたけれど、
定期的にやってくる鬱症状に怖くなりました。
わたし、この子たちをちゃんと育てられるだろうか、と。

 

幼いころから感じていた違和感と
周りは楽しそうなのに何のやる気も起きなかった高校生活
早退したり過食嘔吐
社会に馴染めないのはその頃始まったような気がします。

 

大人になるにつれて増していく生きづらさ
自分が自分を受け入れられない
自分の気持ちに共感してくれる人がいるのだろうか
(わたしの周りには親を慕い、親に素直に頼れる友人が多く、親に対しての複雑な気持ちは話し辛く感じていました。ましてや、大人になるまでは普通でない実(おじいちゃんのことや両親が教師という職業柄、親戚からは悪いことするなと常に言われてきたこと。躾に厳しく、街へ出かけることやバーベキューは非行に走るきっかけになるとゆう親の考えなどから、友人の中で自分だけ参加出来ないイベントも多く、恥ずかしさのような引け目からそれを友人に話すこともできなかったです。)のことは絶対に誰にもバレたくないという焦りのような気持ちが常にありました。
数年前から貪るようにブログでいろいろな方の経験やアドバイスを読ませてもらうようになりました。ああ自分がこんなふうに感じてきたことは嘘の気持ちではないと思うようになり、その方の気持ちに寄り添うと自分も少し楽になるという癒し方と出会いました。
そして自分も書くセラピーを始めました。)

こんな自分がこの世で生きていけるのか
こんな自分が家族を持ちやっていくのはやっぱり無理だ
このような概念が頭から離れたことはありませんでした。

 

【結局わたしはとろくて愚図なわたしにしかなれない】でも大丈夫
2020/12/20 約20年ぶりに土星と木星が重なる グレートジャンクション。 風の時代とも言われる、大いなる転換期。 人間の感覚や意識も少なからず影響を受けるのだとか。 結局わたしって、とろくて愚図なわたしにしかなれない。 そう自...

 

数年前、父にぶつけた気持ちと明らかに違った今回の父とわたし

今回、あの時↓

ACプラケーター(慰め役)の本当の自分の気持ちを邪魔する罪悪感
初めて父に言葉で反撃したわたしはほぼ爆発していた。機能不全家族のプラケーター(慰め役)だったわたしは自分の気持ちをそのまま感じてみたい。

 

とは明らかに反応が違った父。
あれから何年も考えてきて、わたしの中でも父に対する気持ちに変化があったのかもしれない。
衝突するのではなく、同じ仲間として、父の気持ちに共感したかった。
すると父もわたしのインナーチャイルドを少し受け入れてくれた気がした。
父のインナーチャイルドに少しでもわたしの言葉は届いたのかな?
父が初めて本心を話してくれて、わたしはとても安心しました。

 

「お父さんがもし子供なら、抱きしめてあげたいわ。」
伝えるには勇気が要ったけれど、これはわたしの本当の気持ちで、
ずっと思ってきたこと。
どうしても父のインナーチャイルドに伝えたかった。

 

機能不全家族を癒すことで連鎖を止めることができる。
これもわたしの確信でした。
けれどおじいちゃんはもう死んでしまったし、
おじいちゃんが天国で笑っていてほしいと心から望んでいます。

今回、親を傷つけてしまったかなとその後気持ちが行ったり来たりしましたが、
これまであくまで想像だけだった親の気持ちを今回本人の言葉で聞くことができて
素直な心で親のことを見ることが出来るようになれた気がします。
母については、また気持ちがまとまったら書こうと思います。

 

↓そんな気持ちのタイミングで届いたこちらの本。
アダルトチルドレンの方々からの評価がとてもよかったので、このタイミングで読み始めようと思います。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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