NHK【大切な人を亡くした方からのメッセージ】を見ていたら、
涙がとまらない。
最初からわたしとゆう人間がいなかったらよかったのに。
死にたいと思うことが悪いことだなんて思っていなかったわたしは、
ずっとそんな風に思っていました。
自分が最初からいなかったら悲しい気持ちになることもなかったし、
だれも困ることもない。
でも自分が母親になってこうやって子供の寝顔を見ていると、
生きなきゃいけないって思うようになりました。
どんなにだめな時でも、この子たちを見ていると
とにかく生きていないといけないと思いました。
これは悲しい話でなく、きっと、わたしがほんの少し強くなったから書けているのかもしれない話。
物心ついた頃から穏やかな気持ちで何の不安もないとか心配がない状態って、
わたしにもあったのかな?
頑張っていないわけではないのにな。
もっとこうでなくちゃ、こんな自分じゃだめって気持ちが強すぎて、
そう思えば思うほど、がんばれない自分が見える。
そう思えば思うほど、心が自由じゃなくなる。
誰かに認めて貰いたい、承認欲求。
自分が自分を良しとしてあげられたら、一番いいんだろうな。
「橋の下で拾った」
「流れてきたから、おたまですくった」
小さい頃、おじいちゃんと姉と過ごす時間は長く、
そんな時ふたりに順番に言われた言葉。
笑いながら、なんでそんな事言ったのかな?
なんなら、わたしまで笑いながら、
自分のこと拾われた子だなんて本当の本当に思っていたよ。
でも何回も言われるから、泣いて怒ったこともあったよ。
でも、それがわたしだと冗談になっちゃう。
でも、ひきこもりのおじいちゃんとは仲良しだった。
言い返すと包丁向けられたこともあったけど、
どんなに理不尽にキレられても好きだった。
おじいちゃんがわたしを必要としているのが分かった。
身体の病気でないけれど
「おじいさんはもうじき死ぬ」って毎日唱えられて
すごく不安で心配だったけれど、
おじいちゃんだけは絶対死なないと願っていたし、
それから20年以上生きたおじいちゃんが老衰で死んだときは
わたしの中で死というものに対する初めての受け入れだった。
お母さんは車でスーパーに行くとき姉だけ乗せて、
後ろから追いかけるわたしを姉と一緒に笑いながらバックミラーで見て
何メートルも走って、ひどい時は国道まで出てから停車して。
そこで追いついた私を乗せていた。
そんな遊び?いつもして、楽しかったのかな?
お母さんは悪気なかったと思うけど、どう感じるのかそれを決めるのはされた相手だと思う。
わたしが怒っても、それがわたしだと全部冗談になっちゃう。
冗談になるから、こうやってわたしが思っていることも
アンタまだそんなこと言ってるの?と姉は言うだろうし、
やっぱりわたしがおかしいってなるんだと思う。
わたしはそんなこと、絶対に自分の子供にはしない。
少しはいい思い出もあると思いたいけれど、どうして悲しかったことばかりが思い出されてしまうのだろう。
「頭ぶつけて自分という人間が変われたらいいな」
これもいつも思っていたことだけど、今ある自分で生きていかなきゃな。
書いていて思い出すこともあったり、その作業は辛いこともあるけれど、
要らない感情を自分の中から出して捨てることができたらいいな。
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